柿
いまいる職場は2つの組織があって、
仮にA課とB課として、俺はB課にいる。B課は仕入先との取引がある。
午前11時50分。もうすぐお昼の時間。
我がB課に、仕入先からお歳暮とか何とかで、岐阜県のいい柿が贈られてきた。
岐阜のいい柿は、B課の人たちに一個ずつ配られることになった。
俺は柿があまり好きではないし、家の人も殆ど柿は食べないが、
まあ、断るのもアレなので、ありがとうございますと言って一個もらった。
そのときA課のお局的存在、N山さんがボソっと言った。
あー、私たちA課あってのB課なのにねぇ。
直接付き合いとかないから、仕入先にはわからないし、まあ仕方ないかぁ。。。
聞こえなかったのか知らないふりをしたのか、特に誰も何も言わなかった。
そのまま、お昼の鐘が鳴った。
俺は食堂に向かいながらN山さんの事を考えた。
N山さん自体は若干気が強いタイプだけど、仕事に責任感もあって、
普段の雑談も楽しい良いおばちゃんだ。
俺の柿は、N山さんにあげたほうがいいのではないか。
俺は柿が好きではない。N山さんはめちゃくちゃ柿が好きなのかもしれない。
B課のメンバーで、そういうのを察するべきなのは、一番年下の俺なのかもしれない。
しかし。
何と言って柿を渡せばいいか。
ストレートに渡しても、N山さんにもプライドがあるから、
いやいや冗談よ自分で食べなさい、とか言って断るかもしれない。俺だったら断る。
ならば、実は俺は柿を食べないんです。お好きでしたらどうぞ、
みたいな言い方がスマートか。
でも自分が嫌いなものを人にあげるのもどうか。感じ悪いか。っていうか嘘っぽいか。
んんー。
梶井基次郎方式か。
飯を食ったら早めに席に戻って、西山さんのキーボードの上に
檸檬のごとく柿をそっと置いておくか。
わたくしのキイボウドのうへには、柿のかほりが漂つていました。
キモい。全然違うな。誰が置いたか分からない柿なんか食いたくないよな。
やっぱあげないほうが逆にいいのかも。
俺はずっと柿とN山さんの事を考えながらラーメンを食った。
ていうか好きでもない柿を貰ったからこうなったんだ。
りんごやみかんだったら普通に貰ってN山さんの事など気にしなかったのに。。。
食事が終わって、やはりN山さんに柿を渡したい気持ちは消えなかった。
他の人たちがいない2人だけのタイミングがあり、俺は告白した。
正直に、俺は柿をあまり食べないし家族も食べないのでよろしければそうぞ、
いい柿らしいですし好きな方が召し上がったほうがいいと思うので、云々と
最大限イヤミにならないようにN山さんに言った。
N山さんはいい柿のごとく顔を赤らめて、
いやいやそんなんじゃないのよ、ほら、ごめんねなんか、奥さんにあげてよ、
ほんとゴメンゴメン。といって受け取ってくれなかった。
N山さんに恥をかかせ、俺もめちゃくちゃ気まずい感じになり、
午後の始業チャイムが鳴った。
いい歳こいてオバちゃんに告白みたいな事をして、しかもフられるとは。
俺は柿をビニール袋にいれてカバンの奥ににしまった。
これだから柿は嫌いだ。これは絶対に渋柿だと思う。